一、小さな家の秋

その年の秋、京都はいつにも増して美しかった。

けれど、東山のふもとにある小さな家には、紅葉を眺める余裕のある者などいなかった。


お春の母は、初夏から床に伏していた。

夜通し咳が、痩せ細った手は枯れ葉のようになっていた。

父は早くに亡くなり、

十七歳のお春は、

昼は近所の店で機織りの手間仕事をし、

夜は帰ってお粥を炊き、

母の額の濡れ手拭いを替えた。


三人目の医者が来たのは、

雨の降る夕方だった。

長いあいだ脈をとったあと、

彼は静かに首を横に振った。


何も言わなかったが、

お春にはすべてが分かった。

医者は薬草の包みを置いていったが、

それが病を治すものではなく、

母の痛みを和らげるだけのものだということも、

彼女は知っていた。


その晩、お春は戸口の敷居に腰を下ろし、

庭のもみじが行灯の明かりの中で少しずつ赤くなっていくのを見つめていた。

涙は出なかった。

泣く涙は、何か月も前に涸れ果てていたのだ。


二、機織り場の噂

翌日、店で、年老いた機織りの老婆がお春の話を聞くと、
杼を持つ手を止め、声をひそめて言った。

清水の舞台の話を聞いたことがあるかい。
心から観音様に祈って、舞台から飛び降りて命が助かれば、
願いが叶うって言うんだよ。
わたしの知り合いにね、息子が重い病で亡くなりかけた人がいたんだ。
その人が飛んだら、子どもの病が治ったのさ。

お春は黙っていた。
あの舞台のことは覚えている。
崖の中腹に黒ずんだ木材が組まれ、
今にも飛び立とうとするように突き出していた。
幼い頃、母に連れられて行ったことがある。
母はお春を抱き上げ、森を見下ろさせて言った。

ほら、こんなに綺麗でしょう。
観音様はきっと、人の世のどんな悲しみもご覧になっているのよ。

その夜、お春は鶏が鳴くまで眠れなかった。
噂を完全に信じたわけではない。
それでも、ほかにすがるものは何も残っていなかった。

三、前夜

翌日の午後、
お春は早めに仕事を切り上げ、
安い線香を一本買って、寺へ続く長い坂道を歩いた。
道の両側の茶店はすでに店じまいし、
遅い参拝を終えた人がちらほらと帰っていくだけだった。
もみじの葉が石段に赤い筋を描くように散っていた。

本堂の前に、
お春は一刻ほどひざまずいた。
灯明が揺れ、観音像は彼女の話を聞いているような眼差しで見下ろしていた。
お春はお経を知らない。
ただ、ささやくように言った。

どうか母をお救いください。
ほかには何も望みません。
母が元気になったら、勇気のすべてを尽くしてご恩をお返しします。
どうか、母を私から奪わないでください。

帰り道、お春の目から涙がこぼれた。
何か月ぶりかの、小雨のように軽い涙だった。
彼女はもう、心を決めていた。

四、霧の朝

朝はとても早く起きた。
母のためにお粥を炊き、
顔を拭き、しばらく枕元に黙って座っていた。
出かけようとすると、母が小さな声で呼んだ。

お春……こんなに早く、どこへ行くの?

お寺にお参りに行くだけよ、お母さん。

無理に笑ってみせた。

ゆっくり休んでいてね。

山には霧が立ち込めていた。
湿った石段は冷たく、遠くの鐘の音が別の世界から響くようだった。
舞台に着いた頃、空はようやく明るみ始め、
まだ地平線の下にある太陽が、空を淡い桃色に染めていた。

舞台には人影がまばらだった。
早朝の参拝者が遠くの隅に静かに立っているだけだ。
年配の男性が数珠を繰り、幼子を抱いた母親がいる。

二人とも、お春が何をしようとしているのかを察しながら、
怖がらせまいとして顔をそむけているようだった。

お春は、木の欄干の縁へと歩み寄った。

五、崖っぷち

下を見た。
地面ははるか遠かった。

眼下には、黄色の斑を交えた真っ赤なもみじの海が、朝焼けの中、
誰かがたった今広げたばかりの巨大な絨毯のように広がっていた。

梢がかすかに揺れ、どこかから音羽の滝の水音が聞こえてくる。
胸が締めつけられるほど美しく、そして、胸が締めつけられるほど恐ろしかった。

足が震えた。

両手は氷のように冷たく、
着物の裾を握る指の関節が白くなった。

心臓の音が耳に響くほど激しく打っていた。

もし死んだら?誰が母にお粥を炊くの?
別の思いが浮かんでくる。
飛ぶ勇気がなければ、昨日の願いは、ただの口先だけのものになってしまう。

幼い頃、母の手が髪に触れた感触を思い出した。
子守唄の声を思い出した。
今朝、母が自分の名を呼んだことも。

彼方では、最初の陽光が山の稜線を越え、
森全体に金色の筋を投げかけていた。

一枚一枚のもみじが、突然、炎のように輝きだした。

お春は、欄干に片足をかけた。

六、その瞬間

後ろで誰かが、小さく唱えた。「南無観世音菩薩……」

谷から風が吹き上がり、湿った葉と線香の煙のにおいを運んできた。
お春は目を閉じ、深く、深く息を吸い込んだ。胸が空いっぱいに満ちるまで。

彼女はささやいた。「お母さん。」
そして、木の縁から足を踏み出した。

一瞬の空白。
足の下には何もなかった。

風が耳に流れ込み、
袖を引き裂くように翻し、
髪を逆立てて舞い上げた。

世界全体がゆっくりと回り出したようだった。

もみじの赤、陽光の金、淡い桃色の空――すべてが砕け散り、
色の筋となって彼女の周りを渦巻いた。

叫ぶこともできず、考えることもできなかった。

一生にも思えるほど長い、ひと拍の間、お春はただ、
燃えるような紅の海の中を落ちていくのを感じていた。

そしてその光のどこかで、見えない両の手が、自分を受け止めてくれているような気がした。

やがて、枝が肩を打ち、木の折れる音、葉のざわめきが、
激しい雨のように降り注いだ。

幾重にも重なる枝葉の中を突き抜け、それらに引っかかり、引かれ、勢いを殺されて、
ついに、厚く積もった落ち葉の地面に、暗く激しく叩きつけられた。

七、すべてのあとで

お春は、自分がどれほどそこに横たわっていたのか分からなかった。

目を開けると、もみじの枝のあいだを抜けた陽光が、
何千もの金色の斑点となって顔にこぼれていた。

体は、関節という関節をばらばらにされて組み直されたかのように痛んだ。
けれど、空が見えた。自分の呼吸が聞こえた。

生きている。

斜面を駆け下りてくる足音がした。

先ほどの年配の男性と、若い僧が二人、
落ち葉を蹴散らして駆けつけてくる。

「生きているか? まだ生きているか?」と叫びながら。

お春は起き上がろうとし、小さくうなずいた。
一人の僧が傍らにひざまずき、目を潤ませ、震える手で彼女の肩に触れた。

「菩薩様が見届けてくださった」と彼は、かすれた声で言った。
「菩薩様が、お見届けくださったのだ。」

はるか上方では、朝の光の中、清水の舞台が変わらずそこに立っていた。
参拝者たちは、誰にも説明できない何かに向かって拝むように、彼女に向かって深く頭を垂れていた。

八、叶えられた願い

お春は一か月余り、肩と足に添え木を当てて動けずに過ごした。

寺の僧たちが人を遣わして彼女を家まで送り届け、近所の人々が見舞いに訪れ、
多くの人が米や野菜を持ってきてくれた。

そして、不思議なことが起こった。

何か月も横たわったきりだった母が、少しずつ多く食べるようになったのだ。
咳は次第に間遠になった。

初冬のある朝、母は身を起こし、娘のためにお粥を自分で炊きたいと言った。
お春は、言葉も出ないほど泣いた。

人は、薬のおかげだ、看病のおかげだ、運がよかったのだと言った。

けれどお春は、のちのちまで、あの一瞬の空のなかで、
確かに一対の手が自分を受け止めてくれたのだと信じ続けた。

翌年の春、桜が咲く頃、母娘は二人で寺にお礼参りに行った。
舞台に立ち、もみじが再び青葉になった谷を見下ろしたが、二人とも何も言わなかった。

ただ、風だけが、昔のままに吹いていた。